弱者の暴力

弱者であることは、強い権利を生む。

 

例えば、自分がわからないのは、教え方が悪いからだ。
病気が治らないのは、医師、看護婦が悪いからだ。
障害でつらいのは、介護士が親身になってくれないからだ。
自分が貧しいのは親や行政が悪いからだ。

 

そして程度が重い人間ほど権利だけを主張する。

 

直接、そのような人間と関わるのは、教員、医師・看護士、介護士で程度が思い者ほど
大変な苦労があり、その割りに給料がよければよいが、責任が重い割りに安い。

 

誰もなり手がいなくなるだろう。

 

戦前に教員の養成は大学ではなく、師範学校だった。教員を大学で教えるべきでない。
教員の待遇からして、大学で4年間費やすなど無駄。
大学にしたのは、そこで働く大学の教員と大学に予算をとってくるためでしかない。
大学院が最たるもので一部の大学院以外はそこで働く大学の教員の給与になるだけのもの。

 

教員の免許のために大学へいかなければならないと思っているかも知れないが、
別に免許がなくても教壇にたてます。
教育委員会が自由裁量で免許を出してくれるからです。
教員のなり手のないところは、それで補充しているのです。
よく考えてください。教員は教科書を教えるだけなんですよ。
わからなかっら、生徒といっしょに勉強すればよいのです。
それほど、免許といわれる馬鹿馬鹿しいほど軽い存在なのです。

 

まだ、専門学校に通って、会計と法律の資格をとったほうが、国家資格がとれて断然いいです。
例えば、行政書士だったら、その資格がないとできない業務がありますね。
教員の世界では、免許は人が不足した場合は、でたらめ。知らない教科・科目も教えなければならないこともある。

 

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